テレビ見ながら日記

記憶力の減退などの症状が出始めているので、老化の進行を遅らせるために日記を書き始めました。

唯一出かけたいと思う場所(東洋陶磁美術館)

出不精の私だが、ただ一か所だけ、自発的に出かけようと思う場所がある。大阪市立東洋陶磁美術館だ。美術館の友の会の会員になると、時々開かれる講演会への案内がもらえるので、昨日は拝聴してきた。

 

自分の中で、この美術館が大事な場所と思うようになったのは、いつのころか。

お世話になっている人から、上海からきた友人を半日、大阪の名所に案内してほしいと頼まれ、断るわけにいかず、困ったことがある。言葉も通じないのにどこへお連れしたらよいものか。芸術関係の方だと聞いたので、私は苦し紛れに、彼を東洋陶磁美術館と高島屋で開かれていた「田中一村」の展覧会に案内した。だいぶん昔の話である。その頃すでに東洋陶磁美術館は私にとって、特別な場所だったようだ。

 

さて、私の偏った選択によって、美術館に案内された上海の人は、私の心配をよそに、館内の展示品を舐めるように鑑賞し、すっかり満足されたのだった。本家本元の中国の人でも、凝縮されたコレクションを見る機会は少ないのかもしれない。また、彼は本当に審美眼を持っている方だったのだろう。

 

審美眼を持ち合わせていない私のほうは、ただ単に古代の陶磁器を眺めて心が落ち着く場所として、年に数回行ったり行かなかったりを続けていたが、4年前に開催された「定窯」展のころから、興味が深まってきて、最近は少し陶磁器について勉強したいと思うようになった。昨年末から開催され、この春に終了した「北宋汝窯青磁水仙盆」展に感銘を受けたせいであろうか。

美術館側では何年も前の特別展から、この「汝窯展」につながる道筋を企画されていたのだろうか。その結果として、私のようにたくさんの人に素晴らしいものを見る機会を与えてくれたのだ。ありがたいことである。

汝窯展」で頂点を極めたように思う美術館の企画がこれからどのように展開するのか、私の年末にかけての楽しみである。

 

インタビュー記事に感動(原丈人氏)

ある経済誌に載っていた原 丈人(はら・じょうじ)さんという方のインタビュー記事を読んで感動した。「利益は株主より従業員に」という大見出し。へぇ、経営者側の人がこんなことを本気で考えているのかしら。以下、記事を少し抜き書きすると

日経ビジネス 7月3日 1898号から

〇原氏は「公益資本主義」という考え方を提唱している。

〇会社は株主のものという英米流の企業統治が主流になっている。英米の考え方は働く人の犠牲の上に企業や株主が成り立っている。

〇株主を最優先する現在の資本主義が世界にはびこれば、中間層が影響を受け、貧困層に転落してしまう。民主主義が機能する前提条件の一つは厚い中間層があること。中間層が減れば民主主義が機能しなくなる。

〇なぜ企業業績もよく株価もあがっているのにGDPは増えないのか、中間層の給料があがらず、個人消費が停滞しているから。

〇株主を豊かにすることだけが目的では中長期的視点を持った経営なんてできない。

〇日本が「会社は社会の公器」であるという理念を体現するような企業統治のモデルを作り、世界に広げていくことが重要だ。

とてもまっとうなことを、わかりやすく説いてくれている。

経営者や投資家として、輝かしい経歴、広い活躍の場を持っている人が言っているのだから重みがある。アフリカの貧困層支援に力をいれているということもすごいな、実践・実行の人だ。

こんな素晴らしい方が頑張っているのですねぇ。馬齢を重ねるだけの私ですが、世の中の片隅から拍手をおくります。

 

 

テレビ見ながら日記「ライフ」

BBC「ライフ」の素晴らしい映像が放送されている。音声を英語にすると、サー・ディビッド・アッテンボローの独特のナレーションが流れている。私には何を言っているのかわからないのであるが、なぜかなんとなくわかった気になって画面に引き寄せられる。意味がわからなくても名調子に聞こえるのだから、英語がわかったらもっと深く味わえるのだろうね。

エピソードはバッファローコモドドラゴンに襲われている凄まじい場面で終わった。生きている恐竜だねぇ。

ありがたいことに、BBCの番組は時々再放送されるので、多分この回も以前に見たことある。しかし、NHKでもBBCでもナショジオでも映像が素晴らしい自然ドキュメンタリーは何回でも飽きずに見ている。

今日は「猫ヘルパー」を見て、心和んで休もうか。ペットの猫の悩みをジャクソン・ギャラクシーが解決していく番組でなかなか人気があるようだ。ジャクソンが本当に猫のことを愛していて、猫という生物を理解して、決して人間に従わせるという態度でないところに感動する。猫についても随分と教えてくれる。

「犬」版でも同じような番組があるが、ちょっとニュアンスが違う。凶暴であったり、粗相が絶えないというのはペットとしては全く困ったことであるが、猫が犬のようになるのはあまりうれしくない。猫は猫らしく気ままなところがあって、時々人間にお愛想するぐらいがよいのではないかな。

テレビ見ながら日記

NHKスペシャル「工知能天使か悪魔か」

すごいな。人工知能はここまで進化しているんだ。人工知能は自分で勝手に進化する。将棋ソフトポナンザのプログラムを書いた人さえ、なぜそのような手を考え出せるのかわからない、というから恐ろしい。

 羽生善治さんが番組の中で語っていたように人工知能がなぜそのような解を出すのかわからないブラックボックスであるという点は脅威だ。人工知能は悪魔かな。

 

人手不足の介護の現場では、これからロボットや人工知能が大いに活躍してほしい分野だと思う。介護する人の負担は並大抵ではない。身体的にきついうえに、精神的にも消耗する。高齢者の我慢強い友になってくれる人工知能がいてくれたら、どんなに助かるだろう。介護されるほうとしても、人間相手の遠慮をしなくてもいいと感じる場面があるだろう。ぜひ、介護の天使として開発していただきたい。

 

アナログ人間としては、生活のすみずみまでコンピューター制御がいきわたり、スマホのようなインターネット端末なしでは生活できないような感覚はどこか危ういと思う。しかし、猛スピードで発達してゆく外の世界に何とか折り合いをつけてゆくほかはない。そう、やはり脳の老化を食い止めるしかないのだ。

 

 

 

 

テレビ見ながら日記

ちょっと、日記を書いてみただけで、動物園へ行く気になったことは、私にとって大きな一歩だ。まだ文章にもなっていないけれど、続けて見ようと思う。

が、しかし梅雨の時期は毎年体調が今一つ。今日は一日テレビとごろ寝と決め込む。一歩進んで二歩後退。

 

 クマに遭遇し、被害にあうニュースが多い。 クマの生息域が広がっているそうだ。里山から人がいなくなり、クマの暮らしやすい地域が増えたのが原因だそうだ。

  

南米やアフリカなどの人口が増大している地域では人間のほうが野生動物の生息域に侵出してゆき、森林破壊などがどんどん進んだ結果、絶滅の危機に瀕している動物種の話題がしょっちゅう報じられている。

 

日本にも絶滅危惧種といわれる動物はたくさんいるだろうが、いっぽうで人間の過疎化のせいで生息域を広げているものもいるわけだ。うまく住み分けができるだろうか。

 

アライグマのような外来生物が増えるのは、望ましいことではない。どこかの家から逃げ出したのだろうか、夜、本物のアライグマをガラス戸越しに見たときの恐ろしさは忘れられない。タヌキなどとは比べ物にならない大きさ、大胆さだ。

 

古来から住んでいる日本の固有種が競争に負けて、いなくなってしまわないようにこれ以上日本に外来種ははいってきてほしくないものだ。

テレビ見ながら日記

ナショジオ ビッグキャットスペシャル 飼い猫のお話。猫は人間といるのが好き?猫がひとを操って飼い猫が生まれたの?猫は人間より一枚上手なのか。

 

ふみふみ、なでなで、ゴロゴロ。母猫と子猫の間に交わされる行動に対して、専門家が一生懸命、英語と手ぶりで説明している。ちょうど良い言葉が日本語にあるね。

家猫(デザイナーキャットなどは別として)は野生に戻り、生きていくことができるそうだ。野生の本能を保ち続けながら、人間の生活の中に深く入り込んでいける不思議な動物だ。外と人間の家を行ったり来たりできる自由な存在。

 

縄張りを主張する猫にとって、においは非常に重要だといわれている。人間よりもよっぽど嗅覚がすぐれているのなら、人間の家の中は彼らにとってよいにおい環境であるとは思えない。香水や芳香剤などのにおいはどんなふうに感じているのだろう。いろいろなにおいがわかりすぎて不快にならないのだろうか。それとも人間のように慣れることができるのだろうか。

音も気にならないのか。人間世界は騒音だらけ。それでも彼らは平気なように見える。一度犬や猫に聞いてみたいものだ。うるさくないですか。においは気にならないですか、と。

最後に、猫は小さなライオン、犬より本来の姿、野生に近いということばに納得する。そこが魅力だなぁ。

 

 

テレビ見ながら日記(今日は動物園)

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作文していたら、やっぱりたまに、リアルなものに触れてみようという気になり、近くの動物園に出かけてみた。

 

まず、においがする。小学校のウサギ小屋のにおいをもっと強烈にした感じ。蒸し暑い空気と独特のにおいが体にまとわりついて、逃げようがない。ところが、しばらくブラブラしているうちに、あまり気にならなくなってくる。ゆっくり見て回ろうか。

 

何種かのツルがいる。あまりに檻が小さくないかな。ヒマラヤ山脈を越えるほどの飛行力をもつアネハヅルも歩くことしか出来ないね。都会の中の動物園、小さい檻の中にいるネコ科の猛獣、小型の猿たち、仮に動物園生まれであっても彼らの精神は大丈夫だろうか。

 

見ている人間との距離も近いので、ストレス高そうだ。あまりしげしげと近くで眺めると動物に嫌がられそうなので、少し距離をおいて眺めることにした。

 

人間にいっこうにかまうことなくエランドが近くに来てくれたので、この時だけは私もゆったりとした気持ちで、その素晴らしく大きく美しい体を眺めていた。

 

動物園、博物館、美術館…こういった施設を維持管理するのはとてもお金がかかることだろう。自治体(大阪市)が運営しているから、今日わたしは500円で入園することができた。ありがたい。でも、将来はどうだろう。動物たちはもう少し大きな住まいにはいれるだろうか?

植栽の手入れも掃除も行き届いているけれど、私にとっては、何だか切ない動物園だった。